コラム

2021.05.31

「人情派霊媒師の家族ドラマ」江口歩

NAMARAは古町五番町にライブハウスを兼ねた飲食店をやっていた頃がある。

最初は全国の缶詰が食べられる立ち飲みバー形式。

しばらく続けたが、立っているのは疲れるし、缶詰だけではお客さんも飽きてきたので、缶詰をやめて座れるようにリニューアル。

「江口の焼きそば」、「江口のから揚げ」とか、古町九番町に駄菓子バーを三年くらいやって失敗したのに、懲りずに缶詰を始めるのでNAMARAスタッフも芸人も頭を抱えていた。

しかも、リニューアル早々にスタッフからお店に霊がいるので何とかして欲しいと懇願された。元々、火事で焼けた店を手直しして始めた店で、方向性が迷走しているところに、霊まで迷い込んできて、スタッフが怖いというもんだから、霊媒師を呼んできて除霊をしてもらうことになった。

僕は霊の存在はあるとは思っているけど、お店で一度も見たことがないし、悪さもされたことが無いので、リアリティーを全く感じることなく除霊当日を迎えた。

約束の時間に行くと、スタッフ6人、霊媒師とその付き添い2人が、すでに神妙な趣きで待機していた。別に遅れてきたわけではないのに、ごめんなさいと謝らなければならない空気で、完全にお通夜状態。

一応、僕がオーナーなので、霊媒師に深く深く挨拶をして、それではお願いしますと一声かけて事例が始まった。

霊媒師はしばらく無言のままうつむいていた。この沈黙が一層空気を緊張させた。

スタッフ全員がものの見事に眉間にしわを寄せいてる。ごめんなさい。本当にごめんなさい。僕はもう笑いそうになっていた。だけど笑っちゃいけないことくらい僕もわかっている。

沈黙の霊媒師がぶつぶつ言いだした。よく耳を澄ますと誰かと話しているようだった。

どのくらいの時間が経ったのだろう。急に霊媒師が、僕に隣の部屋を開けていいかと尋ねてきた。実は隣の部屋は使っていない部屋で、まだ火事の焼けた匂いがする。

僕が隣の焼け跡の部屋を開け、そこに霊媒師が部屋を覗くと、「そこにいたのね」とまたまた誰かに話しかけていた。

さすがの僕でも状況判断はできる。隣の焼け跡の部屋に霊がいるのだ。

霊媒師は、こっち、こっちにおいでと手招きする。

本当に手招きしていた。そしてとうとう、僕らの部屋に呼んでしまった。もちろん僕には見えない。だけど、僕らのいる部屋の霊媒師の隣に座っている感じになっている。

スタッフは全員ビビっている。だって近距離に霊がいることになっているから。

霊媒師の話からするとこの霊は芸妓さんらしい。具体的な名前を言っていたが、もうだいぶ前なので忘れてしまったが、ちゃんと名前まで聞いていた。

どうやらこの部屋の火事で亡くなったらしいが、本人はまだ生きていると思っているらしい。しかもスタッフが夜に誰かが走る音が聞こえると言っていたのは、芸妓さんではなく、芸妓さんに慕って寄って来る子どもたちの霊だそうだ。いろんな背景が見えてきた。霊媒師は芸妓さんに、あなたは亡くなったのよ、あの世に帰りなさいと諭すのですが、一向に聞き入れてくれないので、そのやり取りだけで40分くらい説得していた。

もちろん僕には霊が見えないので、霊媒師のひとり芝居を見ている感じで、、ごめんなさい、本当に、笑うのを堪えていました。埒(らち)が明かなくなった霊媒師は、私にこう言いました。「私は人情派霊媒師なの。手を叩いてパンパンと天に帰ってもらうのは簡単、でもそれはしたくないの。ちゃんと状況を把握して、納得してもらってから帰ってもらいたいの」でも、どうも信じてもらえそうもないので、江口さん、この子の親を呼んでいいですか?と聞かれた。何のことかさっぱりの僕に霊媒師は、両親から説得してもらいますからと言うのだ。こんなコントみたいな展開を数人で味わうなんてもったいない話である。

僕はどーぞ、どーぞ呼んでくださいと言った数秒後に両親がやって来ました。

もちろん僕には見えませんが、久しぶりの再会です。

両親と霊媒師が娘に話しかけています。

「色々と大変だったね、苦労をかけたなあ、一緒に帰ろうね」的なドラマが数分続きました。

なぜかスタッフは号泣。僕は笑えない辛さを噛み締めていました。芸妓さんの側にいた子どもたちも一緒に家族と天へ帰って行きました。めでたしめでたし。

スタッフもようやく明るい顔になりました。時計を見ると一時間は過ぎていました。人情派霊媒師に感謝の言葉をかけているスタッフ。

その姿を見て、これ商売にならないかなあと頭をよぎっていた僕。

その頃、YouTubeやっていたらなあ。